ヨハネ受難曲
 BWV245 第1部(第1曲〜第20曲)
ユダの裏切りとイエスの捕縛、ペテロの否認
第2部(第21曲〜第68曲)
ピラトの審問、判決と処刑、イエスの死と埋葬
【ご鑑賞の参考に】

'5世紀頃から教会に於ける聖週間の礼拝では、福音書に記されたイエス受難の物語が、信徒たちに聞かせる為に聖職者たちによって朗読されてきました。これが音律を伴った朗唱となり、更に各登場人物を歌手が分担するコラール受難曲に進化して、17世紀半ばには各場面を物語る自由詩を挿入したオラトリオ風受難曲にまで発展しました。
バッハ以前にも以後にも受難曲を作曲した作曲家は何人かいましたし、バッハ自身も5曲(ルカ受難曲BWV,246/バッハの筆写譜はあるが偽作とされている。マルコ受難曲BWV,247/楽譜は紛失。他の作品から転用された記録のある2曲の合唱曲と3曲のアリアをもとに作った1964年その1部を復元)の受難曲を作ったといわれていますが、今日受難曲(Passion)と言えば圧倒的にこのヨハネ受難曲と同じバッハの代表作、マタイ受難曲BWV,244があげられます。
【初演】  
  ライプツイヒ市の委嘱によって1722〜23年にかけて作られたヨハネ受難曲BWV,245はこれらの中では最も成立が古く、起筆したのはバッハが37歳の時でした。当時バッハはケーテンの宮廷作曲家の仕事を辞めてラヒプツイヒの聖トーマス教会カントールの仕事に就くことを望んでいましたが、まだ教会側の人選が決定しておらず、バッハにとっては大きな不安を抱えている時期でした。
  台本としてはヨハネ伝18,19章およびコラール、宗教詩が用いられています。また物語が始まる伏線としてヨハネ伝の第13章が設定されています。初演はトーマス・カンートルに就任して最初の聖金曜日である1724年4月7日に聖ニコライ教会で行われました。
  バッハはその後1725年、1732年、1749年と再演される度に改定を行いました。従ってこの曲には4種類の稿が存在します。通常演奏されるのは第4稿ですが、第2稿(冒頭の合唱曲として現マタイ受難曲第1部の終曲『おお人間よ汝よ、種の罪の大いなるを泣け』が用いられていた)、第3稿(マタイ受難曲のテキストを挿入した部分を削除)で大幅に改訂されたものがほぼ元に戻されたものです。第4稿と初稿との異同は第33曲を除き、主としてオーケストレーションの拡大とアリアの一部歌詞の改定です。
【登場人物】
エヴァンゲリスト(Ten)
大祭司の下役(Ten)
イエス(Bass)
ローマの総督ピラト(Bass)
イエスの弟子ペテロ(Bass)
大祭司の門番の女(Sop)
 
  福音書の記述は地の文の語り手であるエヴァンゲリスト(福音史家/Ten)によって受け持たれ、ソリストたちがそれぞれ下役(Ten),イエス(Bass)、ピラト(Bass)、ペテロ(Bass)、門番の女(Sop)、アルトのアリアを歌います。そして、各場面の間には目撃者の視点による出来事の意義を語る自由詩のアリアとコラールが歌われます。
【物語】   全曲は2部68曲から構成されています。第1部は第1曲から第20曲までです。
No,01
Herr, unser Herrscher, dessen Ruhm
In allen Landen herrlich ist!
Zeig uns durch deine Passion,
Das du, der wahre Gottessohn,
Zu aller Zeit,
Auch in der grosten Niedrigkeit,
Verherrlicht worden bist!
第1曲の18小節に及ぶ長い前奏に続いて合唱によって歌われる、
 『主よ、私たちの統治者よ、あなたの栄光は全地に輝いています!』
と言う呼びかけの言葉で始まります。後半は
 『示してください、わたしたちに。
 まことの神の子であるあなたが、受難によって、あらゆる時に
−たとえ辛いさげすみの時であっても−
常に栄光に包まれているということを!』

更に前半をもう一度歌います。
No,03,05Chor
“Jesum von Nazareth”
No,07Chor
O grose Lieb, o lieb ohn alle Mase,
Die dich gebracht auf diese Marterstrase!
Ich lebte mit der Welt in Lust und Freuden,
Und du must leiden.
No,09Chor
Dein Will gescheh, Herr Gott, zugleich
Auf Erden wie im Himmelreich.
Gib uns Geduld in Leidenszeit,
Gehorsam sein in Lieb und Leid;
Wehr und steur allem Fleisch und Blut,
Das wider deinen Willen tut!

第2曲のエヴァンゲリストによる
『イエスはギドロンの小川の向こうへ行かれた』
から物語の世界へ入ってゆきます。
 イエスと弟子たちがユダやパリサイ人や兵士に囲まれた時、イエスは自分の身に何かが起こるかを予め知っていたので、『誰を探しているのか』と自ら進み出てた訊ねます。彼らが『ナザレのイエス』と言うと、イエスは『それは私だ』と答えます。(No,2〜5)
イエスを逮捕しようとする彼らに抵抗するペテロをイエスは制止し、イエスだけが連れ去られます。ペテロはイエスの後を追いますが、門番の女にあなたはイエスの弟子ではないか、と見咎めると思わず否認してしまいます。それから大祭司のところで炭火を燃やしてあたっていた人々、大司祭の下僕たちにも見咎められます。そして3度目の否認をした時、鶏が鳴きます。ここでペテロは最後の晩餐の後で彼が自分も供をしたいと言った時、イエスの言葉「わたしのために命を捨てると言うのか、よくあなたに言っておく、鶏が鳴く前に、あなたは3度私を知らないというであろう」(ヨハネ伝第13章−38)を思い出し、外に出て激しく泣きます。(No,18〜20)。ここまでが第1部です。
 第2部は第21曲からイエスの復活と栄光を唱える終曲の第68曲・コラールまでです。
No,40Chor
Ach Herr, las dein lieb Engelein
Am letzten End die Seele mein
In Abrahams Schos tragen,
Den Leib in seim Schlafkammerlein
Gar sanft ohn einge Qual und Pein
Ruhn bis am Jungsten Tage!
Alsdenn vom Tod erwecke mich,
Das meine Augen sehen dich
In aller Freud, o Gottes Sohn,
Mein Heiland und Genadenthron!
Herr Jesu Christ, erhore mich,
Ich will dich preisen ewiglich
 連れ去られたイエスはローマの提督ピラトの審問を受け(22〜52)、十字架で処刑され(53〜65)、埋葬されます(66〜68)。この審問場面は興奮した群集を表現する合唱で、第40曲のコーラル「神の御子よ、あなたが捕らわれたことによって私たちに自由がもたらされました。あなたの牢獄は恵の玉座であり、全ての敬虔な人々の隠れ家です。もしあなたが捕らわれることがなかったら、私たちの隷属は永遠に続くでしょうから」というイエスが人々の罪を贖ったこての感謝の気持ちを中心にしてシンメトリーに配置されています。即ち(29)と(46)、(34)と(50)、(36)と(44)、(38)と(42)がそれぞれ対応します。
No,59Evangelist
Und neigte das Haupt und verschied
 イエスの死は第59曲で「そして、首を垂れて息を引き取られた」とエヴァンゲリストによって僅か2小節で語られます。
No,67Chor
Ruht wohl,ihr heiligen Gebeine,die ich nun weiter nichit beweine,ruht wohl und bringt auch mich zur Ruh !
Das Grab, so euch bestimmet ist und ferner keine Not umschlieβt, macht mir Himmel auf und schlieβt, die Holle zu.
 その後、イエスの奇蹟が語られ、埋葬が告げられ(66)、感動的な「安らかにお休みください、聖なる遺骸よ、私はもうあなたの死を嘆くことはいたしません」(67)という慰めの大合唱を経て、最後のコラール「ああ主よ、あなたの愛する天使を遣わして最後の時に私の魂がアブラハムの懐に抱かれますように! 主イエス・キリストよ、私の願いをお聞き入れください。私はあなたを永遠に讃えます」で締めくくられます。
No,68Chor
Ach Herr, laβ dein lieb' Engelein am letzten End'die Seele mein in Abrahams Schoβtragen,
Den Leib in sein'm Schlafkammeniene Gar sanft ohn einge Qual und Pein
Ruhn bis am jungsten Tage
Alsdann vom Tod erwecke mich
Das meine Augen sehen dich
In aller Freund, o Gottes Sohn,
Mein Heiland und Genadenthron!
Herr Jesu Christ, erhore mich.
Ich Will dich preisen ewiglich!
 ヨハネ受難曲はマタイ受難曲のような華やかさや圧倒的な迫力には乏しい代わりに、簡潔的な手法によって反って劇的な世界の表出に成功しているかもしれません。
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